これは難しい|アサヒのノンアルコールビール

20110112 これは難しい|アサヒのノンアルコールビール

キリンに怒られたアサヒ

サントリーやキリンが先行していたノンアルコールビール市場に後発で参入したアサヒがもってきた新商品「ドライゼロ」。
このパッケージデザインについて「スーパードライと似ており、誤飲の恐れがある」という内容の発言をキリンの社長がしてるらしいです。
ま、たしかに似てます。
「ぼーとしてコンビニでスーパードライを買ったつもりで帰宅したら実はノンアルコールでした、というケースが出るじゃないか!」と言われれば、アサヒとしては否定しづらいと思います。ま、実際のコンビニやスーパーでは「ビール」と「ノンアルコールビール」は明確に別の棚に陳列されており、余程のうっかりさんじゃないとそんな間違えはしないと思われますけどね。
とはいえそうも言ってられない。じゃぁどうすれば良かったか、というとこれまた難しい。
アサヒとしてはやはり「ドライ」であることを一目で分かりやすくしたかったでしょう。
では、「ドライ」っぽいデザインって何か、ってのをスーパードライのパッケージデザインから読み解いてみましょう。

スーパードライの主なデザイン要素3つ

1.缶全体の銀色
恐らく多くの人が最初に思いつくのはこれ。他の商品で缶全体を銀色にしているのはパッとは浮かびません。

2.デザイン要素を囲っている四角い黒枠
こちらも地味に主張してます。陳列時にこの枠が正面を向いてると結構目に入りますし、この丸みのない直線と四角からも「パキッとしたストレートな飲み応え」という意志が伝わります。
ついでに他社を見渡すとサッポロ製品は「丸+星」、キリン製品は楕円枠、そしてサントリーは特に無し、といった印象。

3.黒文字に赤キャッチカラーの組み合わせ
「Asahi」のでっかいロゴは目に入りやすい。「ウチの看板商品はこれだぜ!」というアサヒの強い思いが伝わります。そして赤のキャッチカラー。恐らくこの赤には「日本」という意味合いが強く込められているのでしょう。海外でもスーパードライは良く目にします。他者ブランドはなくてもスーパードライだけはある、というケースは多いです。一昔前の日本で「海外ビール=バドワイザー」みたいなポジションですね。「アサヒプリーズ!」と注文するとスーパードライが出てきます。営業チームが長い時間を掛けて海外販路を開拓して築きあげた「これは日本を代表するビールなんだ!」というアサヒの誇りが伺えます。

ここでもう一回「ドライゼロ」を見直してみると

というわけで私の目からみた「ドライらしさ」を表現するデザイン要素は以上3つ。
そして以上を踏まえて改めてドライゼロを見てみるとあらビックリ。こちらも全部揃ってるじゃありませんか。
これは頂けない。これは間違える。
「ドライらしさ」を伝えたい気持ちは分かりますが、これ全部揃えちゃったらそれはもう「スーパードライ」そのものです。「ドライゼロ」というより「スーパードライ ライト」になっちゃてます。ちょっとアルコール度数の低い弟分的な感じ。

それでは改善してみましょう

じゃぁどうしたらこの勘違いを改善できるのか、ちょっと試して見ましょう。
さしあたって上記3つの要素のうち、1つだけ変えてみてはどうでしょう。ビジュアルを用意するのは面倒なので、目を瞑って脳内再生してみてください。
1.銀の缶をやめる
缶全体を銀色にするのをやめて、ノンアルコールっぽい白にしてみたらどうか。
…。
…。
うーん、ノンアルコール感は伝わりますが、ドライ感はゼロになってしまいますね。爽やか過ぎるので却下。

2.四角い枠をやめる
四角い枠をとっぱらってみましょう。もしくは四角ではなく別の形にしてみましょう。四角の角を丸くしても良いかもしれません。
…。
…。
缶全体の銀色の助けもあり、ドライ感は残りそうです。ただし「ノンアルコールである」ことは伝わりにくい。枠を取るだけだと相変わらず他社に怒られそうです。というか、個人的には不思議と何の飲み物か分からなくなりそう。ただの「ソーダ水」と間違えそうです。角を丸くした枠にすれば少しはマシになるかも。
いずれにしても微妙。怒られ要素は払拭できそうにありません。

3.黒文字+赤をやめる
銀色の缶はそのままに、乗せる色を変えてみましょう。とはいえ黒文字を薄くしたりすると情報が読みにくくなっちゃうので、赤いキーカラーを別の色に変えてみてはどうでしょう。
例えばノンアルコールの爽やかさを出すために「糖質ゼロ」のような緑を使う、同じくノンアルコールのクリア感を出すために青を使ってみる、など。
…。
…。
うん、「日本」っぽさを演出する要素はなくなってしまいますが、別の色が別の意味である「ノンアルコール」を伝えてくれますね。ぱっと見で「スーパードライとは違う製品」ということはわかりそうです。でもあんまり美味しくなさそう(笑)。そして「スーパードライとは違う製品」と明確に感じるということは、直感で「ドライらしさ」が消費者に伝わらない恐れがあるということです。

困りましたね、上手くいきません。
逆に言うと、長い時間を掛けてアサヒが積み上げてきた「スーパードライ」のブランドイメージの強力さの裏づけとも言えます。
全てのデザイン要素が「スーパードライ」のイメージに繋がっています。また、無駄な要素も無いのでどれか一つでも欠けると「スーパードライ」らしさが欠けてしまいます。
自分達が長年掛けて築き上げたブランドパワーに自分達が苦しめられているという恐ろしい状態です。

僕なりの結論

黙って目立つところに「0」と書きましょう。上記の3要素はアレンジしつつ全て継承しつつです。「カロリーオフ/氷点貯蔵」に差し替えてが良さそうです。
商品開発チームとしては「カロリーオフ/氷点貯蔵」にこだわりを持っているかもしれませんが、この商品だとその情報を必要としてる飲む側ってあまりいなそう。ノンアルコールを選択する人は今のところ「飲み会だけど今日は車出勤です」だったり「妊娠中なのでアルコールは控えたいです」などの「必要に迫られて」というケースが多い。そんな時にカロリーを気にする人は多くないと思われます。というかカロリーを気にする人は「カロリーゼロ」を選ぶ時代です。また、製法についても「氷点貯蔵」と言われてもなんの事だか。「ゼロドライ」って「スーパードライ」を選択するような人達をターゲットにしてるんですよね。つまり昔からスーパードライを愛飲しているご高齢のお父さん層(夏祭りが大好きな江戸っ子的イメージ)か、CMでも訴求してる(いかにも海外を飛び回ってます的な)ビジネスマン層。この人達に「氷点貯蔵ですよ」って言っても効果は薄いでしょ。お父さん達は「知らん、スーパードライだからそれで良いんだ」だし、ビジネスマン達は「知らん、プロセスは聞かん、結果でモノを言え。美味いなら飲むぞ」だし。つまりこのスペースにこの記述は効果が薄い、と判断します。そしてこのスペースに「0」って書いときゃいいんです。それで充分伝わると思いますけど、これでもキリンが文句言いそうなら「Alc 0.00%」と書けばもうばっちり。

ここまで書いてふと思ったけど

陳列棚の前で商品を長く吟味する人はなかなかいません。一瞬の勝負で自社製品を手に取ってもらうためにどうするか、しかも後発組ともなるとそれなりにリスクを背負った勝負に出なければなりません。もしかしてアサヒは「スーパードライと間違って買ったけど、これも割と悪くないじゃん」と消費者に感じてもらう機会をわざと作り出そうとしたんじゃないのかな、という邪推までしてしまいます。しかもこうやって他社社長のコメントをひっぱりだしてそのコメントがメディアに紹介されたりした日には、商品の露出も増えるし一石二鳥。事実、僕も発売されたら一度買ってみようと思っています。そういう意味ではこれも一つの「炎上マーケティング」かもしれません。やるなアサヒ。

蛇足的おまけ

昔のエントリーでも同じような事書いてる気がしますが、こんなこと現場のデザイナーは分かってるハズです。上記アイデアも絶対にデザイン案として提出してるでしょう。しかし経営層へのプレゼンかなんかで落とされたと想像してます。「我々は氷点貯蔵製法にこだわりを持っている!これは絶対に必要だお!」とかなんとか息巻く小太りの部長が目に浮かびます(勝手言ってほんとすいません)。ただし、そんな部長を説得できないデザインチームにも責任があるのです。「なぜそのデザインなのか」、「なぜその表記が必要なのか」「なぜその表記が不要なのか」という事をしっかりと説明できて納得させるところまでがデザインチームのお仕事だからです。ここまで他社のイチャモンが出たのですから遠くない先にリニューアルパッケージがお目見えするでしょう。もしかしたらドライ製品のニーズが高まる夏を待たずして変わるかもしれません。その時が楽しみです。

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